【校長室だより】
7月9日(Nueve de Julio ヌエべ・デ・フリオ)
7月9日は、南米にあるアルゼンチン共和国の独立(1816年)記念日に当たります。日本から見ればまさに地球の裏側にある国ですね。実は私の好きな音楽の一つに、「アルゼンチン=タンゴ」があります。
タンゴと言えば、たいていの人は踊り(ダンス)を思い浮かべるでしょうが、私の好きなタンゴはその踊りのもとになっている演奏や歌のことです。日本では、アルゼンチンと聞くと、サッカーの強い国というのはすぐ連想すると思いますが、昔、首都ブエノス・アイレスが「南米のパリ」と言われるほどに繁栄した時代があったことはあまり知られていません。その理由の一つは、アルゼンチンが、日本から一番遠い所にある国だからかもしれません。
私は学生時代、アルゼンチン=タンゴを演奏するサークルに所属し、<バンドネオン>という楽器を弾いていました。バンドネオンは、一種の手風琴で、アコーディオンの兄弟ともいえるリード楽器です。アコーディオンが数個のリードを複合的に用いるのに対して、バンドネオンは各音1~2のリードを用いるため澄んだ強い響きを奏でます。この独特の音色がタンゴによくマッチして、殊に鋭いスタッカートの原動力となり、またレガートにおいては、蛇腹を震わせることでセンチメンタルなフィーリングを強調することができます。この楽器はもともとドイツで生まれ、19世紀末頃にアルゼンチンに伝わったと言われていて、それまで、フルートやギターで演奏されていた草創期のタンゴにバンドネオンが導入され広く使用されるようになると、タンゴにおける花形楽器の地位を確立し、この楽器なしにはタンゴはあり得ないものとなりました。私もこの楽器に大変興味を持ち軽い気持ちでサークルに入部しました。ところが、このバンドネオンは大変複雑な楽器で、左右のボタンがバラバラに配置され、どちらも音階順にはなっていないのです。しかも、蛇腹を引いた時と押した時では異なる音が出てくるのです。大学のタンゴサークル(当時はいくつかの大学にあった)では、バンドネオン奏者のほとんどが初心者のため、大変苦労することになります。私もある程度弾けるようになるまでには大分時間がかかりました。
アルゼンチン=タンゴは、深い「哀愁」と激しい「訴え」を持ち、極めて説得力に富んだ音楽です。飾らないストレートな心情をぶつけながら、そのほとんどが‟挫折”や‟失恋“、‟別れ”、‟死”をモチーフにしています。そのような暗い題材でありながらも、真剣な目で避けがたい運命を見つめる人間の姿がそこにあるように感じてなりません。もちろん、冒頭の「7月9日(Nueve de Julio)」は、20世紀初頭、アルゼンチンの独立記念日を祝って作曲された有名な曲ですが、明るく活き活きとした曲もたくさんあります。
タンゴは決してブームを作らないと言われるほど地味で、それは逆に言えば潜在的に愛好者がいて、いつまでもすたれることはないだろうと思っています。実際、タンゴの愛好者ほど情熱的な研究心を持った音楽フアンはいないと感じています。しかし、最近気掛かりなのは、私の所属していたサークルが存続の危機にあるということです。その一番の原因はコロナ禍の中で新入生部員を勧誘することができなかったのが大きいようです。さらにコロナが明けてもマイナーなジャンルだけに、なかなか部員が集まらない状況もあるようです。1951年創部から70年以上経つサークルです。何とか踏ん張ってほしいと願うばかりです。
タンゴは一生聴き続けていくだけの値打ちを持ち、奥深さを持った音楽です。是非、皆さんもそうしたタンゴの扉をたたき、その「コラソン(こころ)」に触れてほしいと思っています。(2025.7.9)
![]() コロナ前、予餞会で教員仲間とアルゼンチン=タンゴの代表曲「La Cumparsita(ラ・クンパルシータ)」を演奏 |