【校長室だより】
先週日曜日に、中等教育学校では「運動会」が開催されました。生憎の雨で、プラザ40(講堂兼体育館)での運動会となりましたが、予定していた競技種目はすべて実施することができました。狭い屋内のためいろいろ制約はあったものの、赤組と青組に分かれて生徒達は本当に真剣に取り組み、大きな声援が響き渡り、勝った負けたで大変な盛り上がりを見せていました。勝敗の行方は最後の最後までわかりませんでしたが、最終種目の総合リレーを制した赤組が優勝しました。競技中、誰一人けがをせず終了することができたのは何よりでした。生徒達が活き活きと笑顔で、しかも真面目に競技に打ち込む姿には感動しました。本当にご苦労様でした。
話は変わりますが、先週10月14日は「鉄道の日」でした。1872年(明治5年)に日本で初めて鉄道が開通した日に当たるわけです。昨年は、日本で鉄道が開通して150周年ということで、鉄道に関する話題がたくさんありました。今年も、「鉄道の日」の前後で鉄道に関するニュースや記事が報じられていました。
私の実家は、庭先を横切るようにJR両毛線が通っています。もともとは、1888年(明治21年)に開業した両毛鉄道会社が始まりですが、その後日本鉄道会社に吸収され、さらに国鉄両毛線となったわけです。私が小さい頃は、もちろん国鉄時代でまだ電化される前でしたので、蒸気機関車(SL)が客車や貨車を牽き、併せて気動車が活躍していました。蒸気機関車が通り過ぎる時の轟音、腹に響く独特な汽笛の音、煙突から出る煙の匂いなどは今でも懐かしい思い出として忘れることはできません。小学校から帰ると、収穫の終わった田んぼなどで仲間たちと日が暮れるまで遊んでいましたが、決まった時刻になると遠くから蒸気機関車が煙を吐いてやってきます。そうすると私たちは大抵遊ぶのを止めて、通過する蒸気機関車に向かってよく手を振りました。時々ですが、機関士や機関助士の方が手を振って返してくれることがあります。この時は皆で大喜びです。「手を振ってくれたぞー」「やったー!やったー!」。もちろん何の反応もしてもらえないことの方が多く、そんな時は皆ガッカリです。時には、機関士の方が汽笛を短く「ポッ!」と軽く鳴らして手を振ってくれることもあり、皆大感激をしたこともありました。今思えばとてものどかな時代だったと思います。両毛線も、1968年(昭和43年)10月の国鉄ダイヤ大改正(ヨン・サン・トウ)で電化され、蒸気機関車や気動車に替わって電車、電気機関車が走るようになりました。そんなわけで、生まれた時から鉄道が日常生活の中にあったので鉄道は大好きです。今でも鉄道を見たり、乗ったり、写真を撮ったり、鉄道模型の収集もしています。これからも私の鉄道好きは続きますが、将来の鉄道がどう変わっていくのか楽しみでもあり心配でもあります。
前号で書きました通り、今週末からいよ5年生のイギリス研修旅行が始まります。A班が20日~27日、B班が22日~29日です。私も同行して、生徒の成長の様子を見てきたいと思います。
酷暑がウソだったかのように、まさに秋まっさかりの気候のなか、5年生はイギリスでの研修を通して、6年生は受験と進路選択を通して、その他の学年は日々出会う様々な学びを通して、思考を深めていってほしいと思います。 (次回10月31日更新予定)